2008年1月29日 (火)

藤野恵美『ハルさん』

藤野恵美の『ハルさん』(東京創元社)です。

昨年の『本格ミステリ・ベスト10』第23位。

自分はベスト5の投票では、票を入れなかったのですが、結構、好きな作品なので、書いておきたくなりました。

『ハルさん』は「日常の謎」系の本格ミステリなので、もちろん陰惨な殺人事件などは出てきません。とってもハートフルな父と娘の物語。

主人公の「ハルさん」こと春日部晴彦は、若くして妻を喪った、気の弱い人形作家。

幼い「ふうちゃん」こと春日部風里と二人で暮らしている。

連作短編になっていて、

第一話が「ふうちゃん」の幼稚園時代、第二話が小学校時代、第三話が中学校時代、第四話が高校時代、第五話が大学時代となっており、「ふうちゃん」が育ってゆく過程でさまざまな不思議な出来事が起ります。

「ふうちゃん」が幼稚園の友達の卵焼き泥棒の疑いをかけられたり、小学校の夏休みに失踪したり。

気の弱い「ハルさん」は、そのたびにうろたえるのですが、すると、「ハルさん」の頭の中に亡くなった妻の「瑠璃子さん」の声が聞こえてきて、すべてを見通す名探偵のように一つ一つ謎を解いていってくれます。

そうして、謎が解けるとともに、「ふうちゃん」も「ハルさん」も少しずつ一緒に成長してゆき、やがて「ふうちゃん」は綺麗なお嫁さんになってゆく、という物語。

「日常の謎」系の心臓でもある伏線もなかなかきっちり張られているので、むしろ、ミステリなどあまり読まないという入門者の方にも強くオススメの作品です。

女性らしい発想と、児童文学の作家らしい温かい視線がうまくかみ合って、本格ミステリとしてはちょっと物足りない部分もある(とくに後半は失速気味)とはいうものの、一人の女性の成長の物語として、あるいは娘を持つ一人の父親自身の成長の物語として、なかなか読んでいて楽しいものがあります。

とくに一話ごとの「ふうちゃん」の描き分けは見事で、絵本を手に持って無邪気に探偵衣装を着ていたあどけない「ふうちゃん」が、成長するにつれ男親の「ハルさん」からは見えない存在になってゆき、やがて真っ白なウェディング・ドレスの似合う素敵な女性に、少しずつ微妙に変化してゆきます。

そして、起こる事件の内容も、「ふうちゃん」の年齢に応じた事件がそれぞれ用意されています。

第五話のタイトルが「人形の家」であることも、「ふうちゃん」の成長の物語であることを表しているのかもしれません。

もちろん、「ふうちゃん」が離婚をしたりするわけではないのですが、人形作家である「ハルさん」がいくつかの人形を作りながら「ふうちゃん」を育ててゆくことで、最終的に「ふうちゃん」は〈人形〉ではなくて一人の〈人間〉として「ハルさん」のもとから巣立ってゆく、そんな意味合いがあるのかもしれません。

しかし、やはりタイトルが「ハルさん」なので、時間があれば「ハルさん」の成長についてもゆっくり考えてみたい気がします。

個人的には続編も期待したいところですが、これはこれで終わった方がいいのかもしれない、と思う部分もなくはないです。

ラストは結構、感動できます。

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2007年2月17日 (土)

ハナシにならん!

インフルエンザで死んでました。

昨年の夏頃に発売された本ですが、

田中啓文の『笑酔亭梅寿謎解噺2 ハナシにならん!』

ハナシにならん!―笑酔亭梅寿謎解噺〈2〉

が面白いです。

連作本格落語ミステリの第2弾なんですが、(なので第1弾の『ハナシがちがう!』

ハナシがちがう!―笑酔亭梅寿謎解噺

も一緒にオススメしておきます)関西人にはとくに楽しめる内容になっています。

金髪で鶏冠頭の若手落語家・笑酔亭梅駆を狂言まわしとする、日常の謎系のミステリ。

いや、日常の謎系のものよりも、よりミステリ色は薄まっていて、ほとんど「落とし噺」に近い状態で、この物語そのものが新作落語のよう、ともいえなくもない。

関西人にとくにオススメなのは、作品の舞台背景が、今の関西のお笑いの世界をうまくモデルにしているところ。

主人公である笑酔亭梅寿(梅駆の師匠)の所属する芸能事務所が松茸芸能だったり、松茸芸能が芸人養成スクールMSSを持っていたり、M-1グランプリ以外に落語のO-1グランプリというのがあったり。とくに米朝師匠が麦昼師匠になっていたのには笑いました。

主人公の梅寿師匠はどうやら六代目笑福亭松鶴を、梅駆は笑福亭鶴瓶をモデルにしているように思われます。とくに梅駆はケツを出すあたりが。

今、上方落語は微妙な位置にあるのかもしれない。漫才に関していえば、M-1グランプリの影響もあって、中川家以降、若手がものすごく力をつけてきていて、空前の人気を誇っています。が、落語は(繁昌亭のオープンなどもありましたが)落語というジャンル自身の立ち位置に悩んでいるといえるかもしれません。少なくとも、この『ハナシにならん!』では、〈落語の危機〉が常に意識されています。

漫才作家ではなく若手漫才師自身がネタを考え、演じる今の漫才は、(言葉は古いですが)シンガーソングライター的な状況で、そのオリジナリティーと即興性が若い人を中心とする多くのオーディエンスを獲得しているといえるのでしょう。一方、落語はどうかというと、昔から継承された同じネタ(「古典」)を繰り返し演じ、作品の世界観も長屋や熊さん、八っつぁん、お伊勢参りなど、今の若い人には馴染みのない世界。もちろん、そこにはジャズのように、あのスタンダードのナンバーをどう演じるか、という楽しみ方があるのだけど、そうなってしまうと〈通〉のみが楽しめるジャンルとなってしまい、落語本来の大衆性が失われてしまう。そこのところにおいて、落語は〈迷っている〉といえるのかもしれません。

ジャズ好きの作者は、やはり落語とジャズの親近性を意識しているようですが、一方で、落語と本格ミステリの類似性もかなり意識しているように思われます。もちろん、本格ミステリと落語の共通性については、これまでの研究でもすでに言われているところですが、この作者は〈落語の危機〉と〈本格の危機〉とを重ねてみている部分があるのではないでしょうか。

ですので、

(あかん・・・負ける。落語は負ける・・・・・・)

という梅駆の危機意識(「猿後家」)を読んだ時に、私は昨年、笠井潔さんが表明されていた本格ミステリの危機のことを思い出してしまいました。

もちろん、〈本格が負ける〉かどうか(何に?)は、今、何とも言えませんが、この『ハナシにならん!』では、そういった〈落語の危機〉に対して、師匠の笑酔亭梅寿が各話で落語の可能性を披露展開してみせる、という内容になってます。この笑酔亭梅寿はかなりエキセントリックな人物で、かつ名探偵のような〈よく見える目〉を持った人物なのですが、この梅寿が落語の可能性を見せるというところに、作者の本格の可能性を信じる、という姿勢を垣間見ることもできるのではないでしょうか。

いささか手前勝手な読みを展開してしまいましたが、読んでいると、つい落語が聞きたくなってしまうミステリです。とくに作中にタイトルが出てくるものなどを聞いてみて、もう一度、読み直すとさらに新しい発見があるやもしれません。

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