2006年12月18日 (月)

怪盗グリフィン、絶体絶命

『本格ミステリ・ベスト10 2007』のマイ・ベスト5の中でも取り上げさせていただいたのですが、昨年読んだものの中で、とくに印象に残ったものとして、

法月綸太郎『怪盗グリフィン、絶体絶命』を挙げておきます。

ニューヨークの怪盗グリフィンに、ロバート・F・オストアンデルを名乗る男から、メトロポリタン美術館が所蔵する、ゴッホの『自画像』を盗んでほしい、という依頼が舞い込む。「あるべきものを、あるべき場所に」が信条の怪盗グリフィンは、その依頼に対して、ある作戦で応じるのだが、やがて危機一髪の立場に追い込まれてしまう。

かろうじて命をとりとめたグリフィンは、CIAの極秘オペレーション〈フェニックス作戦〉に巻き込まれ、その指令のためにカリブ海のボコノン島へ向かう。ボコノン共和国のパストラミ将軍が保管している人形を奪取することがその指令の内容だった。グリフィンの華麗なる盗みと冒険が展開されてゆくのだが・・・・・・

法月綸太郎のノン・シリーズものの『怪盗グリフィン、絶体絶命』ですが、作品のスピード感と逆転に次ぐ逆転の展開は、さすがプロット重視の氏の本領が発揮されていて、ミステリーランドというレーベル(児童書)ではありながら、大人も楽しめる良質のミステリーといえるでしょう。さらに〈怪盗もの〉でありながら、結末にはグリフィンによる〈謎解き〉も用意されていて、さすが〈本格原理主義者〉を標榜する氏の主張のようなものも感じられます。アメリカのハードボイルドの味付けをされた〈怪盗もの〉のミステリですが、実は〈本格〉を主張している、という。

さらに、この作品について注目しておきたいのは、表向きは児童向けの冒険活劇の顔をしていながら、裏の顔では、立派な〈アメリカ〉批判となっているところ。田中宇の『アメリカ「超帝国主義」の正体』アメリカ「超帝国主義」の正体 を参考文献に挙げていることだけでなく、これまでの氏の評論活動からもうかがえる部分でもあるし、作中の架空の地名ボコノン共和国をめぐる偽史〈サン・アロンゾの虐殺〉などが、〈アメリカ〉の〈歴史〉と接続されて語られる点(ちなみにここはカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』猫のゆりかご へのオマージュ)、そして、グリフィン自身がCIAの指令で動きながら、そこには常に懐疑的であり、取り込まれてゆかない点など、全編にわたり作者の政治的な主張が、染み渡っている。

児童書であるべきミステリーランドでそのような政治的な部分があることに難色を示す人もあるかもしれないが、今は学校教育で〈愛国心〉が刷り込まれてゆく時代。これぐらいの〈抵抗〉はむしろ必要であるといわなければならないだろう。それに〈政治的でない〉というあり方は不可能であり、ニュートラルであろうとすることも、〈骨抜き〉という政治性に見まわれているともいえるのだから。

もちろん、作者が政治性の〈刷り込み〉を子供たちに向けて行なっている、と言っているわけではない。正確には現在のアメリカのネオコンによる世界支配に対する、一つの声として〈本格ミステリ〉の立場から楔を打ち込もうというのが作品のねらいなのだろうと考える。

最後に、この作品の舞台が〈カリブ海〉に設定されていることには、ある作家のある作品の影響があるのでは・・・・・・と考えているのだが、それについては、もう少し調べてから・・・・・・

とにかく、せっかくなのでシリーズ化してほしい。ミステリーランドでなくてもいいので。

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