2008年1月 9日 (水)

院ゼミ終了

大学院のゼミ(2007年度分)が終了しました。

私はオーバードクターですが、

いちおう博士論文を提出するまでは出席させてもらう

ことになっているのです。

いろいろあったのですが、

今は解放感と充実感に包まれております。

ただ、ゼミの一年間の目標であった(博士課程以上の院生全員の目標)

論文三本を活字化するというのが、

結局は一本しかできなかったので、

そこのところについては

敗北感というか、

反省しております。

来年度はもう少しコンスタントに書かないといけません。

指導の先生とは、

春休み期間にも集まる算段などもして解散してきたので、

何とか春までに一本は、

活字化にこぎつけることができるような内容のものを

書きたいものです。

今のところ予定としては、

江戸川乱歩の「パノラマ島奇談」についての論文を

書く予定をしています。

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2007年9月26日 (水)

本当に終了

火曜日は、大学院でした。

そして、

指導の先生に送っていた「船富家の惨劇」の論文が返ってきました。

いちおう、

チェック終了で、大きなストップはかけられなかったので、

何とか活字化はいけそうです。

もちろん、

ぎりぎりOKぐらいのレベルだとは思うのですが、

とにかく終了ということで、

ほっとしました。

終った・・・・・・

次は、原ベスのお仕事や次の論文もありますが、

とにかく、ちょっと充電しないと。

いろんな論文を読んで(書いている時はなかなか読めないので)、

論じ方の勉強を、またしないといけません。

やっぱり、ずっと同じところに立ち止まっていてはいけないので、

いろんな人の論文をまた読んで、いろんな技を身につけて、

つねに成長してゆきたいところです。

ただし、あんまりのんびりもしてはいられません。

博士論文の完成までには、

あと論文を15本以上は書かないと。

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2006年7月14日 (金)

ゼミコンパ

昨日は、大学院のゼミコンパだった。

といっても、昨日のは言語学のゼミのコンパだったので、私は、そのゼミの正式なメンバーではないのだが(私は近代文学のゼミなので)、その言語学のゼミの先生は、分野は違うが、私の三人の師匠のうちの一人なので、サブゼミのような形で出席させてもらっている。ここ数年、認知科学に興味があり、私の専門の推理小説も実は、かなりにおいて、認知科学的なものの考え方と密接なつながりがあるのではないか、と考えているので(まだ、そのことは誰も言及していないが)、言語学のゼミで勉強している感じです。

ちなみに私の三人の師匠とは、山本洋(樋口一葉の研究、元龍谷大学教授)、浅子逸男(坂口安吾、大衆文学の研究、花園大学教授)、糸井通浩(日本語学、龍谷大学教授)の三人である。これらの先生方には、学問的な部分だけでなく、人生において深くお世話になっていて、また、それぞれ人間的にも魅力的で個性的な人たちである。

山本洋は、私の生みの師匠であり、この人がいなければ、今の私はいない。生きていたかどうかもわからない。ボロボロで何もなかった私を拾ってくれたのが、この人である。親の次に大切な人。

浅子逸男は、近代文学の世界において実質的な私の師匠である。研究の世界では、私は浅子の弟子(徒弟制のような意味ではない)ということになっている。物の考え方、研究のあり方、研究の世界での生き方等、すべてにおいて教えていただいた。また、研究の世界や推理小説界での人脈をつけてくれたのもこの人である。が、不思議なのは、友達のような関係になっている部分もある(個人的には困っているのだが)。まあでも、日本近代文学の世界では、もう大御所の域に近づいているので。

糸井通浩は、研究分野は違うのだが、龍谷での院生生活を振り返ってみると、ずっとお世話になっていたことに気がついた。私のような乱暴者を受け入れてくださる包容力と、私の研究をつねに面白いと言ってくださることで、私の研究生活をずっと後押ししてくださっているような感がある。それに私は、この人の研究に対する姿勢、旺盛な好奇心につねづね憧れ続けている。三十年後になっても、こういうふうでありたい、と思うのだ。

あと一人、忘れていた。四人目。いや零人目の私の師匠。出口智恵を。

彼女は、私に研究のいろはを教えてくれた、私の研究上のすべて、いや、もう一人の私であるといえよう。もし、「リングにかけろ」に喩えて言うことが可能ならば、高嶺竜児と高嶺菊のような関係である。今、彼女は、すっかり研究の世界から離れてしまっているが、今でも私は二人三脚で闘っているつもりである。今、ひそかに「ウイニング・ザ・レインボー」に挑戦中。

このように今の私があるのは、こういった人たちとの出会い、かかわりがとても重要だったことがわかる。だからこそ、そういった人たちの「想い」に応えるためにも、頑張って博士論文を書き上げなければ、と思う。

そうそう、ゼミコンパ。

何しろ日本語学のゼミコンパだったので、国籍が多彩である。今回は、中国の人と韓国の人(昔は台湾の人もいた)。

なので、話題がとにかく面白い。知らないことをいっぱい教えてもらえるのだ。これはちょっと病みつきになります。

それに楽しかったのは二次会のカラオケでした。

みなさん、とにかく日本語の歌が上手い。何でそんな歌を知ってんの? というような歌が飛び出してくる。今の流行の歌はともかく、牧村三枝子の「道連れ」なんかも。

浜田省吾の「もうひとつの土曜日」が、韓国でPOSITIONというアーティストに歌われているそうで、韓国語版「もうひとつの土曜日」が聞けたのが嬉しかった。タイトルは「BLUE DAY」。なるほど。韓国語で歌ってもらったので、内容はさっぱり何のことかはわからなかったけども、やっぱりネイティブ・スピーカーの発音には迫力がある。それと、映像に映っていた建物が、彼女の知っていたところらしく、「あ、ここ、○○デパート」と言って、歌いながら盛り上がってはったのが、面白かった。デパートの名前は聞き取れなかったのですが。

私は、尾崎豊の「I LOVE YOU」を韓国語版の画面で、日本語で歌いました。文字は一切、無視して。これは、なかなか好評。まあ、いちおう、尾崎はテリトリーなんで。

勉強になったのは、中国の人と韓国の人が、キロロの歌は聞き取りやすいので、日本語の勉強に使った、ということを口をそろえて言ってはったこと。僕たちが、BEATLESやBILLY JOELで英語の勉強したようなもんなんでしょうか。ただ、キロロって確か沖縄出身だったと思うので、そこにも植民地統治や支配と征服の微妙な問題が裏側にあることに考えが及んでしまう。そう、これはまさに〈日本語〉による支配の問題ですな。

それから、中国籍の二人による、テレサ・テンの歌を聞けたのが醍醐味でした。それぞれ日本語の歌の上手いお二人なんですが、やはりネイティブの発音はすごい(当たり前か)。自分がどこにいるのかわからなくなるほど。しかも、歌ってくれはったのが、知っている歌で、映画『ラブ・ソング』のラストで歌われていた歌。Itoisemi

Itoisemi2

ちょっと感動してしまいました。

ただ、よく考えてみると、それぞれバイリンガルに歌ってくださったのに、私だけ日本語の歌しか歌えないことに気づいて、凹む。それぞれ、海外から日本語学(日本語ではなくて)の勉強をしに来られている、日本語学の専門家の人たちと一緒に遊んでいるので、当然といえば当然なのだが、相変わらず、外国語の苦手な〈日本人〉の姿が浮き彫りになる。(この人たちは英語もできはったはず)。

それともう一つ。ふだん私は、友人とカラオケに行くと、浜田省吾、安全地帯(玉置浩二)、尾崎豊、井上陽水の四人の歌しか歌わない(それしか知らないので)のですが、こういう場になると、そんな、みなさんが知らない歌(アルバムの曲など)を歌っても盛り上がらないことに、やっと気づく。気がつけば、〈日本〉の若者代表のような形になってしまったので(若くないのに)、もう少し、最近流行っている歌ぐらい勉強しとかんとあかんなあ、と。でも、最近すっかり若い人の聴く音楽がわからなくなってしまったのに・・・・・・

最後に福山の「MILK TEA」に挑戦してみたのだけど、バイト先でかかっているのを聞いているだけでは、やっぱり無理でした。練習しよう・・・・・・

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